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小松左京『首都消失』を読んで

首都消失 (徳間文庫)

首都消失 (徳間文庫)

  • 作者:小松左京
  • 発売日: 2016/03/04
  • メディア: Kindle版

『首都消失』は、1983年12月から翌年12月まで新聞連載され、1985年に刊行された小説である。 小松左京の仕事としては、比較的遅い時期の作品にあたる。

物語は、ある日突然東京が超自然の力を持った「雲」に覆われ、人や物の移動はもちろん、通信も完全に途絶されるところから始まる。 首都東京が消えた時、日本がどうなっていくかかをシミュレーションする、というのがこの作品のテーマである。 九州の新聞記者田宮による次のセリフが、これをよく表している。

いったい、これからの、国民規模の対応は、どうなります? どこの、誰が、音頭をとってやるとですか?——国家主権を代表する中心と、国家行政組織の中央が、突然消失してしまったとなると……

東京が超自然的な力によって一瞬にして消えてしまうというのは、かなり無茶な設定である。 しかし、それに直面した人々の様子は徹底してリアルに描かれており、荒唐無稽さを感じさせない。 その手腕は、さすが『日本沈没』の小松左京である。

もちろん、シミュレーション自体は1980年代時点のもので、現代にはほとんど当てはまらない。 しかし、「東京一極集中」は、現代も同じどころか、さらに加速していっている。 その意味では、日本の脆弱性に警鐘を鳴らすという作品の目的は全く色あせていない。 むしろ、昨年は、ミサイルが日本上空を通過するなど、東京が一夜にして消滅するということが「荒唐無稽」とは言い切れない状況だった……。

逆に、当時から現代にかけての時代の変化を味わうのも面白い。 この間の最大の変化は、インターネットの普及だろう。 作中では、東京で起こった異変に関する情報は、地方や外国へはなかなか伝わらなかった。 現代ならば、異変の様子はSNSであっという間に拡散されてしまうだろう。 現代版『首都消失』を考えるなら、この点は作品の流れを根本から変えてしまうに違いない。

また、80年代前半の当時は第2次AIブームであった。 作中にも手書き文字認識や音声認識、エキスパートシステムなど、それらしい描写が出てくる。 特に印象に残ったのは、小室知事が秘書コンピュータとの会話から目的の文書のコピーを手に入れるシーンである。 その様子を見て驚いた植木老人が、「日本製のコンピューターか?」とたずねたのに対して、小室知事は「ええ、こういう方向では、日本は一番進んでいるといっていいでしょう」と答えた。 このコンピュータというのは、現代でいえばAppleのSiriやGoogle Assistant、AmazonのAlexaにあたるものだろう。 しかし、この中に日本企業はなく、むしろこの分野では日本は遅れているといっていい。 同じシーンに「第5世代コンピュータ」という単語も出てくるが、当時の日本はこの分野で本当に勢いがあったらしいというのが感じられて驚いた。

核ミサイルの脅威は薄まったとはいえ、なくなったわけではない。 もし東京が消滅した場合、日本政府としてどう対応するかという方針のは決まっているのだろうか? そして、もしそうしたものが存在した場合、『首都消失』はそれに何らかの影響を与えたのだろうか? それがあるかも、あったとして『首都消失』が影響を与えたかもわからないが、いつかそんな未来の可能性に少しでも影響を与えられるような作品を書きたいと思った。